多くの日本人は「社会」という「宗教」に染まっているのかもしれない

      2018/08/04

以前Twitterでタイトル通りのツイートを発信したら結構な反響があったので、改めてネタにするぜ。

日本人の約70%は宗教に興味が無いと言われています。そして、中には宗教に対する嫌悪感を抱いている方も多いと思います。原因は恐らくポアなんでしょうけど。

でも僕は、「社会」という概念もひとつの「宗教」であり、この「社会」に縛られる日本人が非常に多いと思っています。

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そもそも「社会」ってナニさ?

「社会不適合者」に代表される「社会」という概念ですが、いわゆるバズワードにつき明確な取り決めはありません。でもよく使われますよね?特に学生なんかは「社会に出てからは通用しない」とか「社会人」といった言葉をよく聞いたのではないでしょうか。

僕はこの「社会」という概念は「国民が普遍的である為の暗黙の了解」や「国民が突飛しない為のルール」であると考えています。

「髪は黒色でなければいけない」だの「正社員でなければ幸せでない」だの「空気嫁」だの、それって本当に必要なルールですか?そのルールを守っていて人生は楽しめますか?

と、昔はよく考えていました。身の回りにある「当たり前のルール」を掘り下げていくと、結局「必要のないルール」である事が多いのです。

いいじゃないですか。生まれつき髪色が明るい人だってたくさんいます。正社員じゃなくても幸せな人はたくさんいます。空気を読んで自分を押し殺すことでストレスになる人はたくさんいます。

様々な価値観や考え方が混在してこその人間社会じゃないですか。

多様性を活かした社会へ

マネジメント用語では、ダイバーシティマネジメントと呼ばれる「人々の多様性を企業活動に活かす」概念があります。

社会のおいても人の多様性はネガティブでなくポジティブに捉え、人の多様性を受けて入れていくべきではないでしょうか。

国民がみな気持ち良く生活する為にある程度のルールは必要ですが、逆に普段の生活を息苦しくしてしまうのは考えモノだと思います。

でも結局は何かにすがって生きるしかない

とはいえ宗教にしろ社会にしろ、やっぱり何かの指標がないと自分を形成するのは難しいです。今でこそインフルエンサーと呼ばれるような人が「俺は宗教なんて信じねえ!俺は俺自身を信じるぜ!ハハハ!」なんて言ってようとも、必ず何かしろの影響は受けているもんです。

他人から影響を受ける事は何も恥ずかしい事ではないです。寧ろ自分ひとりで生きていても限界があります。宗教に入れとまでは言いませんが、人それぞれ「宗教」や「社会」や「インフルエンサー」にすがって生きてゆくのは「人生の目標を失った人」や「何の為に生きているのか分からない人」にとって良い処方箋ではないかと思います。

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